次元Traveler

J事務所という沼に浸かったが最期。

自担が30歳になりました。

事実に、蛇足として少し私情を加える。

2004年9月22日*1私が担降りした、当時19歳だった五関さんが、今日30歳になった。
とにもかくにも初めての経験である。自担というものの20歳を祝ったことは彼で2回目だけれど、自担を自担という認識のままで30歳を祝うということを、正直私は夢にも見ていなかった。

それでも私の性質上、刻み込まれたこの日付と自分との年齢差を忘れることはなく、その年になったらただぼんやり「あ~今日誕生日だなぁ、30歳か、おっさんじゃん…」と思いながら、帰り道最寄り駅で何の理由もなしにとしてケーキを買って、大好きな仮面やドゥミクレ、key of life諸々のバック仕事の映像を引っ張り出して見ているんだろうな、と。
これが2008年夏頃*2の私の中での、自担三十路設計図(サブタイトルは、~元担とか呼んでるかもしれない~)だった。

こうして書くと我ながら失礼な話だなというのは承知の上である。
けれど、昔から今も変わらず、余程のスペオキでもない限りJr.に担降りするということはそういうある種の覚悟*3が隣り合わせにあると思っている。
私の中で、Jr.とは前提として「辞めるもの」である。そしてJr.を辞めるか否かのターニングポイントは大学受験と卒業、そして20代後半に差し掛かった時だというのが個人的な認識。辞めない者なんてスペオキと運含めて実力のある一握りだ。

だからいざこうして五関さんが自担として現役のまま、しかもデビュー組として三十路迎えているって、もはや還暦のような感覚。いやそれは流石に言い過ぎだけれど、感慨深さがマントルより深くて実感も何もない。ただ漠然と「さんじゅっさい」という響きが意味を成さずに重くのし掛かる。

いや、これで彼がとても感受性豊かな、自らの節目を重く受け止めるような人だったら話は別かもしれないけれど、彼の場合生憎そういう殊勝な性格もしていない。メンバーや下々がこんなにも盛り上がっているのを軽く笑って他人事のように見ているタイプのあれ。
29歳最後のステージで抱負を問われ、何処ぞのテンプレからコピペしてきたようなそれを述べ、散々やいやい言われた後に何の反論もなく「こんな僕です、30代もきっと」って少し笑いながら穏やかに言っちゃうような人である。なんたる…!


それでも29歳、20代最後の一年。
変わらない彼が変わろうとしていた。変わらないと言われながらも実際は変わってきた彼が、今回は目に見えて大きく変わろうとしていたのだ。
自ら考え頭の中にのみ記憶していた振付を自分以外のために紙に記すことを覚え、その内容も幅を広げ、更には一人暮らしを始めたり、仕事以外では一歩も外に出ないような人がダンスを学ぶために一人でNYにまで行ったり、自らの殻を破るようなパフォーマンスのソロ曲を用意したり、間違いなく30代への助走を切っていた。

年上に向かって言う言葉ではないけれど、ほっとした。
その一言に尽きる、彼は何の未練も与えてくれなかったのだ。


お誕生日、本当に本当におめでとうございます。
月並みな言葉しか言えないけれど、大好きとだけは言わせてください。
五関さんにとって、A.B.C-Zにとって、飛躍の一年になりますように。



私は今日、帰り道に少し遠回りをして、きちんと意味を込めて買ったケーキ食べながら、彼らのグループ名が一番上にクレジットされたディスクを再生している。

*1:関ジャニ∞の全国デビュー日、そして元担の誕生日であった

*2:橋本加入前

*3:と言えば聞こえは良いかもしれないけれど、実質諦めと将来の自分へのマイナスの意味での牽制